シンクロナイズドツーリング

 

北海道旅行。

もう、この響きだけで

めっちゃワクワクしてきますよね。

 

 

わかれてもすきなひと

 

約20年前。

バイク乗り時代のはなしだ。

 

どこに行くにも

バイクといっしょ。

本当にだいすきだった。

名前をつけていたくらいだ。

 

名前は『ジョニー』。

望月峰太郎の漫画

バイクメ〜ンの主人公から

拝借した名前だ。

(ちなみにぼくのMacはマーティン)

 

それ以上に

だいすきな存在だったセンパイが

いつもそばにいた。

 

いまはもう

いろんな意味で距離ができてしまって

会いたくてもなかなかあえないけれど

いまでも毎日のように思い出す

だいすきなひと。

 

センパイは男です。

そっち系じゃないです。

でも

たとえそうおもわれても

べつに気にならないくらい

だいすきだ。

 

仕事のことや女性のことなどなど

若気の至りの

お粗末な怒りや悩みを

いつも笑いながら聞いてくれた。

 

 

大変なことがおきたときは

いつも助けてくれた。

悲しいとき、つらいとき

いつも

いつも

笑わせてくれた。

元気をくれた。

 

そう

岐阜で一人暮らしをしているとき

楽しくなかった日が思い出せないんだよなあ。

 

なぜなら

センパイといるときに

笑顔が絶えたことはなかったもの。

 

 

 

怖いもの知らず

 

いやあしかし歳くったら

暑さ寒さにめっぽう弱くなってしまったな。

 

今の自分では思い出すのがむずかしいほど

あの頃は季節の移り変わりに強かった。

雨や雪がふっても平気。

暑けりゃTシャツ一枚。

寒けりゃその上に革ジャンひとつで充分。

何百キロ走り続けても疲れない。

なんかい事故って入院を繰り返そうが

交通事故すら怖くない。

(今はそれが怖いよ…)

 

夏の暑さを過ぎ

過ごしやすくなってきた10月のある日

2人で旅行計画をたてた。

 

もちろん

車や電車という選択肢はない。

バイクだ。

 

ツーリングというやつだ。

 

行き先は北海道。

決めた理由は忘れた。

出発地は岐阜。

 

中部圏に住まうひとなら北海道に行く手段として

飛行機をまず一番に思い浮かべることだろう。

 

飛行機なら1時間ちょっとで行ける。

現地で遊ぶ時間や

ゆっくりおいしいものを食べるじかんだったり

おみやげ談義に花を咲かす時間もたっぷり生まれる。

 

景色を見ながら楽しみながら

各地のおいしいものを食べながら

名所を見ながら、寄り道しながら

車で行くという人もいるかもしれない。

車でなら高速をつかえば12時間ほどだ。

時間が許されているなら

気に入った土地で宿を決め

その土地の郷土料理に舌鼓を打つのもいい。

 

 

しかし

あの頃のぼくたちは

そんなものはガソリンの一滴とも

望んではいなかった。

 

こういう無謀な発想に対する

好奇心は

僕らはつねにシンクロしていた。

 

完全なる快適な旅路すらものぞまない。

むしろハプニング待ちみたいなところがあった。

 

スマホなどがない時代。

ぼろぼろになるほど使い込まれた

全国地図が唯一の道しるべ。

 

その全国地図でルートを決め

距離を算定し

かかる時間をだいたい叩きだした。

 

 

函館行きのフェリー乗り場のある

青森まで

距離にして約1,000km。

時間はだいたい

24時間ぐらいかかるんじゃないか?

ぐらいの曖昧さで。

 

想像すらつかないからまったく怖くもない。

さらに

 

パートナーであるセンパイは

ぼくよりもずっとずっと

ずーーーーーっと精神的にも肉体的にもタフで

どんな問題が起きようと

いつも必ず解決してくれることを知っている。

しかもいつも明るく楽しく、がモットーだ。

 

 

 

怖いもの知らずがもたらす悲劇

 

未知数の距離数なので

ツーリング自体へは不安がまったくない訳ではないけれど

なんてったてぼくは無敵である。

(無敵と書いて無謀と読む)

まったく怖さがない。

ワクワクした高揚した気分だけで当日を迎え

迷うことなく出発した。

 

途中

バイクのパーツを落っことしてきたり

眠すぎてぶっ倒れそうになったり

いろんなハプニングがあったが

(詳細はまたちがうときに書こう)

しれっと青森についた。

北海道へフェリーで渡り

またすぐ青森にとんぼ返り。

 

北海道の美味しいものなんて

一口も食べていない。

港の近くの売店で

ピザを食べたぐらい。

 

函館にいたのは1時間くらいだっただろうか。

でも充実した気持ちに満ちあふれていた

 

まぁせっかくだから温泉でも入ろうか

ということになって

入った温泉で(むちゃくちゃ熱かった)

「たのしかったなー、ぜんぜんつかれてないなー」

なんてつぶやきながら

いろいろなことを考えながら

ぼーっとみちのりを思い返していた。

 

 

ホラーストーリーは突然に

 

そして10分ほど湯船で

いろんなものをゆらゆらさせていたら

帰り道のことを考え出した自分に気づいた。

その時。

今思い出しても震える。

 

 

どどどっ!と

体中に一気に鉛が流れ込んだように

ずっしーん!とからだが重くなった。

動けない。

怖くなった。

帰りたくない。やばい。だめかも。

超弱気。

帰り道に死ぬんじゃないかと思うほどだ。

 

ほんとうは

心も身体も疲弊しきっていることに

ここでやっと気づいた。

1,000kmの道中一度も感じなかったのに。

 

それでもなんとか

重い体を引きづりながら着替えを終え

バイクに荷物を載せ、跨がり

フェリー乗り場に黙々と向かった。

そして

家についた

らしい。

 

 

 

記憶がたりない

 

あくまでも『らしい』だ。

 

記憶がないのである。

函館でフェリーにバイクを運び

固定したとこで

ぷっつりと記憶が途絶えているのである。

 

次の記憶は

次の次の日の昼、自分のアパートで

目が覚めたところからだ。

30時間以上寝ていたようだ。

 

 

函館から青森行きのフェリーでの移動時間。

青森から岐阜への帰路。

アパートへ到着したこと。

ごはんを食べたのか食べてないのか。

センパイとなにか話したのか。

 

 

行きとおなじ時間、ルート

距離を走ったのだろうけれど

なぜかまったく覚えがない。

一生懸命たどるのだけれど

景色のひとつもまったく思い出せない。

 

 

燃え殻があたたかい

 

ガソリンもエンジンオイルも

とっくに燃え尽きていたのだろう。

 

 

無謀な心と身体は

ときには無茶をするのかもしれない。

へたしたらあの世行きになっていたのかもしれない。

しかし

片道で燃やし尽くした

あとさき考えない、その怖いもの知らずの

エネルギーは

ぼくの身体は、ぼくの記憶に

ステキな思い出をしっかりと焼き付け

いまでもまだあたたかい。

 

 

シンクロナイズドツーリング

 

 

41号線を北上し

富山にぬけた時にみた海。

センパイの背中越しにキラキラしていた。

 

夜中にバス停で

センパイが淹れてくれた

体中にしみこむコーヒー。

ちょっと泣いた。

 

山形で夕陽に左後ろから照らされ

右斜め前に長くのびた陰と

黄金色の稲穂の中を黙々と走り続けた

沈黙の時間。

人間2人とエンジン2つが一体化していた。

 

片道だけの記憶だけれど

ぼくらは確かに

同じ価値観で同じ景色をみて

同じように美しさを共感し

同じ気持ちで

同じ目的地に向かっていた。

 

切っても切れない

死と生の刹那を繰り返しながら。

 

 

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