158回直木賞【銀河鉄道の父|感想】あらすじと内容は?宮沢賢治の父

 

どうもふじぴーです。

本を読むのが好きです。書けませんが。。

 

 

2018年1月16日、第158回芥川賞・直木賞が発表されましたね。

 

芥川賞は、石井遊佳さんの『百年泥』。そして、若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』が受賞となりました。

そして

直木賞には、門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』が選ばれました。おめでとうございます。

話題となっていた、直木賞候補に選ばれていたセカオワのsaoriこと藤崎彩織さんの『ふたご』は残念ながら落選してしまいましたね。

 

今回、ふじぴーが読んだのは、門井さんが書かれた『銀河鉄道の父』。

これ、文学好きな宮沢賢治ファンはふつうに楽しめるお話しでしょうね。

宮沢賢治の過去作品にある要素がちりばめられていてワクワクします♪

 

読んでいて、幾度となく笑いにふけりましたが

子を持つ親ふじぴーとしては、少し考えさせられるほろ苦い作品となりました。

率直に言って、胸が痛いです。ネタバレなしで行きます。

 

 

直木賞『銀河鉄道の父』がうまれた理由は

書評にもありますが、実際のところわかりません。

 

『銀河鉄道の父』という作品で、直木賞を手にした門井慶喜さん。

受賞会見で、作品を書いた理由というかきっかけ?みたいなものに、自分の過去のしがらみも関係しているといった内容を

多く、話されていましたね。本の内容よりも自らのしがらみに重点をおいているかのように。

 

そのしがらみとは、歴史上の人物を元にしてつけられた自らの名前に、

幼少時代からコンプレックスを持っていたことが、作品作りに反映されているかもしれないと。

「歴史を仕事にすると言うことが運命づけられていた、歴史を考える人生、歴史で悩む人生」であったとも

語っていらっしゃいました。

 

今回の受賞作品『銀河鉄道の父』の中で描かれている、

宮沢賢治を思う、父、政次郎の愛のかたちや質量。

 

もしかしたら、門井さんは、親から授かった名前や愛を、しっかり確認したかったのでは。自分はどのように思われて育てられてきたのか、を考えながら作品作りをされていたのかもしれません。作品作りを通して、その考えついた先に、イーハトーブ(理想郷)が待っていて、それこそが名前への固執に絡め取られていた過去への答えでもあり。

 

 

宮沢賢治を、それこそ死ぬまで愛し続けた父、政次郎の生き様や考え方を知り、

親が用意してくれた人生へのオマージュ作品となっているのではないか、そう読了後、考えるに至りました。

 

 

 

直木賞『銀河鉄道の父』あらすじ

宮沢賢治父の子育て本。

もしくは、親バカ&ダメ息子漫才。

子を持つ親である立場のふじぴーは前者の要素が強いです。

 

普通の子育て本と大きく分け隔てられる理由は

産まれるところから死ぬとこまでというところ。

 

残酷です。

 

 

 

読み手は、子供(賢治)が死ぬことを知り得ているのに、

どのように育てられ息絶えていくのかを、父政次郎と共に追っていくのです。

 

重大な結末(ネタバレ)を知りながらも、面白く読み進められたのは、

宮沢賢治の作品にまつわるエピソード的キーワードがちりばめられていることも理由のひとつですが、やはり

慈愛に満ち満ちた、父政次郎の献身的で理想的な父親像が描かれていたことにあると思います。

 

たられば論ではないですが、もし、親より先に子供が死んでしまうなんてことが分かっていたら

子供にしてあげたいと思うことが、山のように浮かびますよね。

自分、もしくは子どもの『死』を意識せず、ほんらいしてあげたいことを怠っている。

小さな事に腹を立て、大切なことをしてあげられていない、そんな

自分が恥ずかしくなりますし、こんな親でありたいな、と素直に思えました。親バカ、最高じゃないかと。

 

もちろん父政次郎は賢治が37歳でこの世を去るなんて知るよしもありません。

 

終始、父政次郎に、

親が子に、また、愛する人がいればその相手に、親に、大切な人に

あなたは一体何をしてあげられていますか、そう問われている気がしてなりません。

 

 

 

 

 

最後に

そんな、シリアスな内容でありながら、シリアスに感じない上に、コミカルに読み進められたのは、門井さんの文体が理由でしょうね。

ネガティブ思考のふじぴーが感じたような上記内容とはとうてい思えない、子育て本でありながらの親バカ本という面白い作品となっています。

 

最後に、1896年から1933年までの、宮沢賢治の人生を振り返って筆を置きたいと思います。

 

1896年に岩手県花巻町(現:岩手県花巻市)に生まれた読書や鉱物採集好きの子。

高校卒業を機に文学活動に熱がこもるようになり、1918年頃から童話を主に多くの作品を書き始めたと言われています。

1921年から1926年まで農学校の先生を勤め上げた6年後の1928年、肺の病気にかかります。

一旦病状は良くなりましたが、1931年には再び肺炎が再発。この時の病床で書いた詩が「雨ニモマケズ」です。

病と闘いながらも書く手をとめることなく執筆を続けていましたが1933年に肺炎でこの世を去ることになりました。

 

膨大な作品から見ると濃い人生であったように感じますが、36年という年月はやはり短い。

身体が弱く、夢を描き続けてきた、37年間の賢治を見守り続けてきた父政次郎の無念さたるや。

しかし、どんどん成長していく宮沢賢治の輝かしい姿を目に焼き付けてこれた歓びもあったでしょうね。

 

誰でも少なからず親への不満があるかもしれませんし、逆に、子育てに疲れている人もいることでしょう。

そんな時、自分にばかり目が行っていた事を認識・反省し、

相手の立場に立ち、してあげられることはなんだろう、と優しい気持ちにさせてくれた。

子育ては甘いくらいがちょうといいんじゃないの?そう気が楽になりますね。(政次郎は甘すぎる感もありますが笑)

 

今回、直木賞に選ばれた『銀河鉄道の父』の著者、門井慶喜さんに

お祝いの言葉を心から贈らせていただきたいと思います。

あと、良い意味で、宮沢賢治像を壊していただきありがとうございます。(笑)

 

乱文極まりない感想記事で恐れ入ります。お読みいただきありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です