『Savignac』が教えてくれたデザインコミュニケーション

 

「グラフィックデザイナーになりたい」

そう、高校生のころぼくは決めたのです。

 

画家サヴィニャックの絵を起用した

日本企業が作成したポスターとの出会いが

ぼくの未来を決めたきっかけのひとつ。

そして

絵やイラストを描くことが好きだったぼくは

「あぁ、このために絵を描いてきたのかも」

だなんて、勝手な妄想とこじつけで自分を肯定し

勇気に似た、なにか運命的なよろこびを

感じ得たのを記憶しています。

 

 

フランスを象徴するポスターと画家

 

レイモン・サヴィニャック(Raymond Savignac)

1907.11.06ー2002.10.31

パリに生まれ

航空会社、大手メーカー、映画など

地元フランス企業のポスター制作を数多く手がけた

最も有名なポスター画家のひとりです。

 

商業的な絵なので

すでにデザイン的要素を感じる

味付けが施されています。

 

その数々のユーモラスな絵とデザインで創られた

ポスターが放ち続けたメッセージによって

フランス、というものを象徴する存在となりました。

 

また

日本の企業へも絵を提供していて

森永乳業の、ミルクチョコレートをかじっている

男の子と女の子の絵をご存知のかたも

多いのではないでしょうか。

 

その子どもふたりの絵よりも

ポスターに採用されず

ボツとなった絵の方が有名ですが。

 

クチのまわりを汚しながら

大きな板チョコをかじる金髪の男の子の絵の方が

皮肉にも大人気となりました。

森永さんが

「日本の子どもは金髪ではない」

NGを出されたのがと理由とされています。

 

日本に訪れていた

北欧ブームのまえのフランスブームに沸いていた時代

おしゃれなお宅にまれに

そのシルクスクリーンが飾ってありましたね。

ずいぶん値段が高くて買えなかったなぁ。

 

 

言葉が多いひとほど自信がない

 

むかしからふじぴーは

ひととのコミュニケーションが

あまり上手な方ではない、と自分ではおもっています。

しかし信じてもらえません。

場を盛り上げるのも、お話しをするのも好きだし

だれかのボケにもすかさずツッコむから。

なので

「お話しが苦手なのわたしテヘペロ」

としたところでまったく信じてもらえない。

まぁみんな気づいてるとはおもうけれどね。

お話しがヘタで緊張しいほど

空白の間が怖いし

言葉が増えるものですよ。

 

会話に自信がないから

言葉が増えるんですよね。

 

 

 

光り輝く『としまえん』のポスターデザイン

 

コミュニケーションには必ず

言葉であり話術が必要なんだと(ふつう必要です)

決め込んでいた高校生までのふじぴーは

ある日学校帰りの本屋さんで

立ち読みしていたデザイン関連の本のなかで

としまえんのポスターデザインに出会い

やわらかな衝撃を受けます。

 

それは

としまえんのプールのポスター。

サヴィニャックの絵を起用し

2種類のポスターデザインがありました。

 

ひとつは

氷の上で汗をかきながら、足で水をぱしゃぱしゃしている

赤い海パンをはいたシロクマの絵が描かれたもの。

そしてもうひとつは

強い日差しで丸焼けになりながらも

ビーチパラソルと化したしっぽで身体を守る

サングラスをしたブタが描かれたもの。

 

デザイナーは

当時博報堂にいらっしゃった

大貫卓也さん。

 

 

サヴィニャックの絵と出会ったのは

これが初めて。

 

2種類それぞれ書いてある文字は

『7つのプール』という文字と

『TOSHIMAEN』という英字のみ。

としまえんのロゴも使われていなかった。

 

「あ、それでいいんだ」

と肩のちからがぬけるような。

長年雲に覆われ続けてきた

ふじぴーのこころに

すーっと雲のすき間から

天使のはしごが降りてくるような

とてもやわらかで温かい衝撃。

 

 

絵は言葉を必要としない。

 

話したくなければ話さなくてもいい。

絵とデザインを組み合わせれば

気持ちが伝わるという選択肢もあった。

 

そしてぼくはそれが好きになったのだった。

 

 

 

 

 

 

絵で成すコミュニケーション

 

あれ、コピーが無いぞ

とか

これ、一体なにを言いたいのかわかんない

なんて考えは浮かびませんでした。

 

ただシンプルに

としまえんのプールに行ってみたくなりました。

 

 

そのサヴィニャックのポスターは

いわゆるキャッチコピーやボディコピー

さらにはタグラインすらなく

企業のロゴマークだけのものも多いです。

 

言葉ではなく、絵で

完璧なコミュニケーションを成立させられるのですね。

 

観てくれるひとたちへ

創造する力を使うことの楽しさを残しつつ。

 

 

 

言いたいばっかりの人は人の話を聞かない

 

 

そもそもお話しが上手なひとって

ひとの話をよく聞いてくれますよね。

自分のことばは控えめで。

自分が言いたいばっかりのひとは

ひとがいま、どう思っているのか理解しようという

たいせつな気持ちをどこかに忘れてきていて

つい饒舌になってしまうのでしょう。

 

デザインやコピーライティングに関しても

クライアントさんや

ターゲティングしたエンドユーザーの気持ちに

常時、耳を傾けながら行いたいものです。

 

 

まずい料理はスパイス(言いたいこと)がおおすぎる

 

サヴィニャックの絵や

大貫さんのデザインが

いわゆる“シンプル”なのではなくて

その他の多くのデザイン創作物が語りすぎている

スパイスを使いすぎているので

シンプルなのが、なにか気持ちいいと感じる

ということも考えられますね。

 

なにも考えず

シンプルにしただけのデザインは

すぐわかります。

ぜんぜん気持ちよくなどありません。

虚しいだけです。

経験の浅いデザイナーの

デザインを確認させてもらうときに

よく思うことでもありますね。

 

また、逆に

文字に限った話ではなくて

フォントだったりポイントだったり

カラーであったり。

そんな素材を用いてデザインをする際に

いろんな場所にいろんなスパイスを使いすぎて

メインの食材の美味しさが消えてしまって

もう、何が何だか分からない

料理と化しているときが多々あります。

 

自分の力、センスを誇示したいばっかりの

若いデザイナーさんによくあることです。

 

けど安心してください。

それも正解ですので。

シンプルさだけを求めた料理よりは

数倍マシです。

 

 

味付けをシンプルに

 

提出前であれば

一回そこまで混沌とした状態にさせるのも

ありです。

グラフィックデザインの『過程』とみなせば

まったく問題ありません。

でもまだ料理と呼べる代物ではありません。

それはデザイナーのただの実験結果ですので

ごみ箱へ捨てちゃってください。

修正するほうが時間がかかります。

 

今一度

不要だと思われるスパイスを入れずに

もう一度料理しなおしてみましょう。

そうしていくとおのずと

機能する広告へと生まれ変わります。

メイン食材は

デザイナーのあなたに

シンプルなデザイン処理で調理されるのを

楽しみにしています。

 

そんなえらそうに言ってるふじぴーも

駆け出しのころはもちろん

今でもまだ

混沌としたデザインが目の前に頻繁に現れてきますが。笑

 

 

 

心を整えてくれるサビニャックさん

 

 

昔ほど

創っては捨て、創っては捨てを

なんどもくり返すようなことは無くなりましたが

なぁんかぼけーっと

あたまの引き出しだけをつかって

流れ作業をしていると、今でもついつい。汗

 

そんな、混沌としてきたなー、と感じたら

一旦そのデザイン作業から手を引きます。

 

 

 

そして他のデザイン作業に入ることもありますが

それと同じくらい

サビニャックの本を手に取り

意図せず、自然と眺めていることがあります。

 

そうするとなぜか

よくいう

初心に戻れるという現象が起きるんですね。

 

デザイナーとなるきっかけとなった

このフランスの画家サビニャックの絵は

今でもぼくの気持ちを整え続けてくれています。

 

 

人間、自分の言いたいことや

自分の考えることに執着するといいことはないですね。

 

みなさんにも

心を整えてくれる、そんな本はありますか?

 

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